1月25日

今日はおっちゃんの誕生日やで〜。

キツーい試験が3時間詰まってるという悲劇やで〜。

でもそのうちのひとつは終わらせてきたで〜。

これからまた勉強するからブログ更新してる場合ちゃうで〜。

プレゼント楽しみにしてるで〜。

年賀状の哀歌

あけましておめでとうございます。

の「おめでとうございます」って何がめでたいんだよ?っていうメールをあけおメールの返信に使わせていただいておりますbomaです。

なんかせっかく「おめでとう」言われてるんだから、それをちゃんと受け取らないのっていかにも礼をわきまえていない感じがしますね。

就活の時に言ったらソッコーでアウトになる感じの返答ですね。

「おめでとう」って言われてるんだから、「ありがとう」で返すのが礼儀。


あけられましてありがとう。


・・・ん?

これはいきものがかりも驚きのあまりに黒板係に転職してしまうほど仰天な挨拶。

いやあ、常識常識って言うけど、常識ってどうにも理にかなっていないね。

そういう意味では常識っていかにも人間らしいもので案外好感が持てるものかもしれない、などと感じてしまいます。



さてまあ、新年早々そのような与太話はさておき。

僕宛に年賀状を書いてくださった方にお知らせがあります!


んとね、単刀直入に言うとね、今年の年賀状まだ書けてないの。

だから「折角出したのにbomaの野郎返しやがらねえ!ああもう絶交!」って憤っていらっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、早まるなソルマック。

これから嘘のようなホントの言い訳をするので聞いてやってください。


遡るは昨年の12月の末。

以前からお話ししているように、ワタクシときめく部屋を夢見てこんまりさんと頑張っていましたの。

それでね、色々なものを捨て続けて幾星霜、結構綺麗になったところでさあ、年賀状でも書こうかとひらめいたわけ。

したらね、この間まで持っていた年賀状がなくなってるわけよ!


これ、結構焦ります。

家に帰ってきたのはいいけど、ポッケの中のカギが見当たらないくらいに焦ります。

でもここで焦りを見せないのが男の美学。

「まあ、片づけてたらそのうち出てくるだろ」ってね、年賀状をなくしてないことにしたの。

そう、欺瞞の中の欺瞞、自己暗示をかけたわけ!

詐欺師は詐欺を弄して詐欺に溺れるってヤツね!

まあ、これでも小学校のころに水泳教室に通ってたから泳ぎ切るけど!


・・・で、新年。

何通かの年賀状を頂いたわけですが、部屋の掃除が終わっていない以上は年賀状は出てこないという確固たる盲信の下、年賀状は探さず。

そして昨日、おおかた部屋の掃除が終わり、蓋を開けてみると。










未だに年賀状が見付からないっていうね!


そこでまあ、1つの疑惑が生まれるわけですよ。


「俺、年賀状にときめかなかったんじゃね?」

こんまりさんを少しでもご存知の方ならば、「ときめかなかった」を「さよならした」に読み替えるのは容易なはず。


やっちまったぜ〜!


というわけで、今年は年賀状は出せません、ごめんなさいごめんなさい。

でも僕は悪くないです、悪いのはこんまりさんですなどと恩を仇で返そうとした矢先。



―ふと思い出した。


それはまるで桜が散るような。

それはまるで雷が咲くような。

それはまるで風が走るような。

そんな刹那。


気が付けば僕は残された戦場に手を踏み入れていた。


そう、ボロボロに使い古されたカバンの中!

次の瞬間、感触は確信へと変わるのであった。


あったーーーー(・∀・)ーーーー!!!!!


そう、前の記事で「これから年賀状書くぜ!」的な発言をした直後にカバンの中に年賀状をしたため、そのまま昨夜に至るまでカバンを開けることをしなかったのだ!

というわけで、みなさんお待たせしました。


近いうちに怒涛の勢いで書くから待ってて!


きょ・・・今日は書かへんけど!




そういや、地獄先生数子サン曰く、bomaは去年が大殺界だったそうで。

だから今年はなんかいけそうな気がします。

それだけです。



よ・・・、よいお年を!

取り出したるわ秘密の・・・

アイアムサドラー

こんにちは。

以前に頂いたアコギの弦高が高すぎる気がしたのでサドルを削ってみたところ、削りすぎて音が出なくなったがために、新しくサドルを買ってきた加工いたしました。

それがこの出来栄え。

「ギブソン用」との表記のみがあったサドルは大きさも僕のアコギよりやや大きめで、しかも6つのくぼみが初期からはついていない状態なのよねー。

だから大きさを調整したりくぼみを作ったりと、4時間ほどかけて完成したサドルがこの写真ってわけ。

なかなか上手く出来てるでしょ?

ちゃんと音も鳴りますよん♪


はい、ちょっと専門的なお話をさせていただきました。

いやまあ、このくらいのことが専門的なのか否かということの判断基準なるものは多用であり複雑であるために断定は出来ませんけども、そうですけども。

そんな話をしだすとそれこそ専門的かつインテリジェンスなお話になって、話している僕のほうもなんのこっちゃウーロン茶状態になるのでやめておきましょう。

さて、気が付けば年末。

年末といえば大掃除。




とあるごみ屋敷の物語

でで〜ん。

これ、僕の部屋のタンスから出てきた衣類一式です。

あまりの多さに愕然といたしました、うへぇ。

しか〜し、お掃除戦隊キレイレンジャーピンクのこんまりさんが味方についた今年はもう怖いものなんてない!

いやもう、何が怖いって、あえてあげるならアレくらいね。

キレイレンジャーなどという泣く子も黙るネーミングセンスのなさ女性=ピンクというあまりにも短絡的なジェンダー的価値観ね。

いやもう名前の威力はロミオとジュリエットの頃から強く謳われてるし、マッチョな女性=ミスキャンパスっていう公式も未だに証明不能な部分が強いのね。

まあ、そういう話は本題からずれるのでやめとけやめとけお馬が通る。


実際のところ、こんまりさんがついているから怖くない、ではなく、こんまりさんがついているから掃除をする気になったってところなんですけど。

とりあえず著書に書いてある通り、衣類から始めたわけです。

ひとつひとつね触りながら、ときめくかどうか、やってたわけ、女子力チャージ。

いやもうだからそういう短絡的なジェンだ・・・(略)。


したらこの結果。


ごみぶくらーず

でで〜ん。


なんと45リットルゴミ袋が6つ分も!

余談ですが、階下に運ぶのが億劫なので、


「くらえ、ひっさつ大雪ごろごろっ!」


などと言って階段の上から突き落とし、そのあまりもの加速度に興奮していたところ、ひとつの袋には弥勒法師もびっくりの大きな穴が開きました。


ここまで捨てるとなるとなんだか勿体無い気がしなくもない。

それこそ物を大切にしていないのではないか!甘ったれるな!って思われそうですけど、こんまりさん曰くそうではないのだそう。

彼女には彼女なりの哲学があり、それがまあ、なかなか説得力があってですね。

それを話すことは面倒なので印税的に問題が発生しかねないのでやめときますけど。

まあ、興味のある方は是非ご一読を。


さて、前にクリスマスのことについて書くとか何とか言ってたけど、面倒なのでやめときますわ!

ブ・・・ブログより年賀状の方が大事やしな!

はい、元旦に年賀状が届かなくても怒らないで下さい。


では皆さん、よいお年を。

冷たい風の吹く夜に。

久々にFM大阪なんかを聴いてみたときに流れてきた某通販番組の冒頭にて。

「それでは○○サン、今日の商品はなんでしょうか?」

「はい、今日ご紹介するのはこの時期にぴったりな特大ナマズ」


・・・え?

な、ま、ず?

ナマズってあの髭の生えた、にょろにょろってヤツですよね?

えっ、えっ、この冬、僕が知らない間にナマズブームが到来したってことなんですか?

いやはや、食用にするのが流行なのでしょうか?

ウナギの漁獲量が減少しているから、ナマズでその代わりを担おうという魂胆なのでしょうか?

それとも観賞用にするのが流行なのでしょうか?

いわゆる「きもかわ」ってヤツですか?


ってか特大ナマズってどれくらいだよ、ナマズの体型のアベレージなんか知らねえよ!!


といったような思考をコンマ1秒という刹那で行う僕の脳内回路の優秀さ。







「はい、今日ご紹介するのはこの時期にぴったりな特大生ズワイガニ!」





はい、どうも。

最近は腕組みをしながら歩くことが多くなったbomaです。

どこに行くにしても腕を組みながら歩く。

潜在的に誰かを見下す気持ちが強くなっているのでしょうか、人間が卑屈になっているのでしょうか。

ええ、確かに適度な軽蔑は原動力だと考えてますが、あまりにも見下してばかりなのも問題。

ってなことを考えてたらひとつの確固たる理由にたどり着きまして。


そう、寒いから。


わざわざ手袋を装着するのも億劫だしね、腕組みをするのが一番手軽でよろしい。

きっと僕の潜在意識はそういう風なことを悟っていたのでしょう。


さてさて、そんな感じでもうお外もお中も寒い寒い状態ですけども、皆さんお元気でしょうか?

こういう時に女子高生は大変だろうなー、ってのは去年の今頃にも書いた記憶がございます。

が、今年はワタクシ大学生にクラスチェンジした身ですので。

周りの景色も少しずつ変わってくるわけでございますな。

何が変わったって、ほら。

女子高生よりも女子大生を見る機会が増えたわけです。


そしてまあ、頭の中も大学生にクラスチェンジしたワタクシですので。

オマケに哲学を専攻している身。

ですから、今日はそんな女子大生を題材に哲学的な考察を述べたいと思うわけです。


題して、

ミニスカの哲学



「きゃああああ、ついにミニスカで哲学をしちゃうだなんて、さすがはbomaさん!あなたのその思慮深さにわたし、脱帽だわっ!」

などと美女が黄色い歓声をあげているのが聞こえます。

いやもう、帽子じゃなくってスカートを脱ぎやがれ、このヤロウ!って話です、美女は野郎ではないです、いや、この場合のヤロウってのは動詞と助動詞の組み合わさ・・・(略)。


さてさて、こんな真冬にこんなバカなことを言っていては顔が立ちません。

さっそく始めるとしましょう。

そして20コンマ2秒くらいの超速で終わらせるとしましょう、うへえ。


まずは前提として女子高生のミニスカの話をさせていただきやす。

女子高生がミニスカを穿く・・・というか実際は丈を短くしてるだけなんでしょうけど、あれはまあ言ってみりゃ校則なわけで。

校則による拘束のために仕方なく攻速なファッションを露呈しているわけですな。

つまり彼女らは自らの意志に反して冬の寒い中、ミニスカを穿かされてるわけです。

それでまあ、素足の露呈も余儀なくされてるわけで。

ながーい靴下もあるし、あれも好きですけど、まあ、それは例外事象。

要するに真冬の女子高生生ふくらはぎの裏にはそんな悲しい悲しいお話があったわけです。

「生」っていう漢字が2回続いてて読みにくいけど、誤字ではないですよ、はい。


しかーーーし!


制服を脱ぎ捨て、制服からの征服から解放された女子大生もまた、この時期にミニスカってる子が多いわけです。

いや、別にロングスカートでもかわいいし、ジーンズ穿けばいいじゃん!無理しなくていいじゃん!ってかジーンズの魅惑って異常だぜ!って思うんですけども。


それでも彼女たちはミニスカる。

そして、それを前述のごとく否定すれば彼女たちは口を尖らせるだろう。

ならばそれを受け入れるしかない。


しかしながら、理解のない受容というのは優しいように思えて実に残虐。

異文化コミュニケーションにおいても何の理解もないままにただ受容するということは相手に対する侮辱に過ぎません。

そこで僕はそんなウィンターミニスカガールズの中にある哲学を閃いたのです。

なんかもう哲学が閃くって時点ですごくすごくすごくすごくすごくすーーーーーんごく胡散臭いんですけども!

もうここまで読んだなら最後までお付き合いを。



彼女たちの哲学はいわゆる歓待(ホスピタリティ)だと考えます。

歓待というのは相手を受け入れるということ。

極端な歓待の例としてはレヴィナスなんかが挙げられますけど、なんてな感じでちょっと知性の香りを漂わせつつやらせてもらってますけども。

では、ミニスカ=歓待とはどういうことなのでしょうか?


ここで、歓待の哲学の権威、って言ってもあんまり知らないんですけど、鷲田清一さんの挙げる例を拝借させていただきます。

お盆の法事に参加する日本の女性を想像してみてください。

彼女らは本来ならば必要のない黒い布を1枚多めに羽織ります。

真夏の太陽が照りつける中、ただでさえ暑いのになぜ彼女らはそんなことをするのか。

それはそうすることによって見るものを涼ませる為なんだそうです。

「いや、余計に暑苦しいだろ・・・」って感じもしますけど、彼女らの自己犠牲がために周りの者は少しでも快適に過ごせるわけです。


そして、真冬のミニスカは言ってみればちょうどこの逆なんです。

彼女らは自身が寒い思いをすることを差し引いても、周囲の男性の目を楽しませ、時にホットな気持ちにさせてくれるわけです。

ならば男性諸君は、執拗にその露出された足を見ることが彼女らに対する礼儀なのではないでしょうか。

というのがミニスカの哲学の結論でございます。



さて、こんな中身のないお話に貴重な20コンマ2秒を割いていただけたことを光栄に思います。

その探究心と好奇心、決してあなたを裏切らないことでしょう。

ただまあ、真面目な話をすると、ウィンターミニスカガールズに対する礼儀は「ジーンズでもかわいいよー」とか、「寒くない?」などと気遣うことなのかな、と思ったり思わなかったり。


久々に気持ちのよいはっちゃけぶりでしたので、この次は箸休めの年末調整が行われるかもしれないです。

なんか、クリスマスについてお話しするかもしれないそうです。

年末の大掃除に向けて。。。

こんまりさん


買っちゃった!

ええ、今話題のこんまりさんの話題書です。

某テレビ番組で2回ほどお目にかかって知ったんですけど、まさかね、本を買うことになるとはね。

片づけ方なんかにハウツー本に頼るのってなんか抵抗あったんですけども。

こうさ、部屋を綺麗にしてさ、なんかいい感じになるといい感じなんじゃないかと思ったわけです、ええじゃないか。


でもさ、片づけ本って見てみると意外と色々と出てるし、どういうのがいいのかなってアマゾンなんかのレビュー見てると、この本って結構好評価で。

じゃあ、これでいいかなってなるわけですけど、いざ店頭に立つと迷いが生じるわけです。

これに1300円(税抜)・・・。

むぅ・・・。

それやったらアダムさんの別の本でも買おうかしら・・・。

とか何とか思ってたんですけども。

いざ手に取るとね、

取るとね、

取るとね・・・!


こんまりさんかわいいやん!


はい、ご購入ありがとうございます。

ってなノリなんです。

そうよ、惚れたのよっ!


そこまで美人ってわけではないけどさ、性格キツそうだけどさ、笑顔が素敵だしさ、ぱっつんだしさ。

ってかね、本を買う時の決め手っていかに著者が好みかだと思うんですよ。

あ、もちろん、顔的な意味で

今までの本買収遍歴を考えるとそのきらいがある感が否めないっす、はい、メンクイとか嫌いです、はい。



閑話休題。


本といえば、学校内の本屋で校内11月の月間ベストセラーみたいなのが貼り出されてたのよ。

ベストセラー


第4位に注目!

わぁい、めっちゃきのこんきのこんしてるよ!

さすがは立命館大学の学生!

よくわかっていらっしゃる。

いやまあ、そんなに仲間意識みたいなの持ってないけどさ!


以下反省。


アカンわ、今日はこれダメなパターンやわ。

渾身のネタやと思ったのに、素材を生かせてないわ!

書く気が起らんわ!

さよならしたいけど、せっかく本のことを書いてるねんから、ちょっとだけ今読んでる本の話。

立命館大学出身のラノベ作家西尾維新の「クビシメロマンチスト」っての読んでるんだけどさ。

立命館大学ネタが使われてるからGB(現在進行形ボーイ)の僕には楽しい。

うんうん、ゾンチの本屋さん♪
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